大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)2767号 判決 1984年5月29日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 数井恒彦

被告 乙山一郎

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 米澤保

右訴訟復代理人弁護士 高井直樹

被告 丙川二郎

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 高井直樹

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金六〇〇万円及びこれに対する、被告乙山一郎、同乙山花子は同月一二日から、同丙川二郎は昭和五七年九月一〇日から、同丁村三郎は同月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  訴外亡乙山はな(以下乙山はなという)は、昭和五七年一月一一日付公正証書遺言を作成し、その中で次のとおり遺言した。

(一) 被告丙川二郎(以下丙川という)及び同丁村三郎(以下丁村という)に対し、乙山はなの遺産を各自二分の一宛の平等割合で包括遺贈する。

(二) 原告を右遺言の執行者として指定し、同人に対して遺産の一割を報酬として与える。

2  被告乙山一郎、同乙山花子はともに右乙山はなの養子であり、本来法定相続人であったが、右被告両名は乙山はなの生前中これに孝養をつくさず、虐待したため、乙山はなは遺産を右被告両名に相続させまいとし、自己の長兄の子である被告丁村と被告乙山一郎、同乙山花子の長女鳥子の夫である被告丙川に前述のような包括遺贈をなしたものであった。

3  乙山はなは、昭和五七年一月二七日、死亡した。

4  乙山はなの死亡後、原告が右遺言執行者への就職を承諾し、直ちにその任務を行おうとしたところ、被告らは共謀の上、昭和五七年四月三〇日、同日付「証」と題する書面を作成し、被告丙川と同丁村が各自遺贈分を放棄し、被告乙山両名が遺産を相続することとした。しかしながら、被告丙川、同丁村は、民法九九〇条、九一五条による包括遺贈の放棄の手続を行なっていないから、いまだ受遺者であり、原告は乙山はなの意思に従い遺言執行を行なう権利・義務を有している。しかるに、被告乙山一郎、同花子は乙山はなの正当な相続人だと称して協和銀行新栄支店の定期預金等金一七六九万七一四九円を解約し、更に貸金庫契約も解約して中の現金等も入手し、被告ら間で勝手に分割してしまった。

5  以上のとおり、原告は乙山はなの遺言執行者としての職務執行を被告らの右違法行為によって妨害されている。したがって、原告の職務は完遂されたものとみなされるべきであり、約定の報酬を支払うべきである。

仮にそうでないとしても、被告らは、共謀の上、原告の職務執行を妨害し、報酬相当額の損害を原告に与えているので、これを賠償すべき義務がある。

6  ところで、乙山はなの遺産は、別紙遺産目録記載のとおり、訴外乙山大助名義の不動産の三分の一(四五三〇万円相当)及び乙山はな名義の不動産、定期預金等金一七六九万七一九四円、現金等数百万円の合計六五〇〇万円以上である。

よって、原告は、被告ら各自に対し、乙山はなの右遺産の一割の内金六〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日(被告乙山一郎、同乙山花子は昭和五七年九月一二日から、同丙川は同月一〇日から、同丁村は同月一一日)から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告乙山一郎、同乙山花子の認否及び主張

1  請求の原因1記載の内容の公正証書遺言書が存在することは認める。遺言者乙山はなの真意が遺言書どおりであることについては争う。

2  同2の事実のうち、被告乙山一郎、同乙山花子が遺言者に孝養をつくさず、虐待したため、遺言者が遺産を右被告両名に相続させまいとした点は否認し、その余は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実のうち、原告が遺言執行者への就職を承諾し、その任務を行おうとしたこと、被告らが、昭和五七年四月三〇日、被告丙川、同丁村において各自遺贈を放棄し、被告乙山一郎、同乙山花子において遺産を相続することにしたこと、被告丙川、同丁村が民法九九〇条、九一五条による包括遺贈による放棄の手続を行なっていないこと、被告乙山一郎、同乙山花子が協和銀行新栄支店の定期預金等金一七六九万七一九四円を解約したことは認め、その余は否認する。

なお、解約した定期預金は、名義は遺言者のものであっても、実質的にはその三分の二は右被告両名のものである。

5  同5については争う。

6  同6の事実のうち、定期予金解約分は認める(但し、前記のとおり)。他の財産についての金額については争う。

7(一)  遺言者が、孫娘の婿や甥に或程度の御礼を支払いたい意思があったことは否定しないが、全財産を右二名に贈与する真意はなかった。

(二) 前記遺言書の存在が判明した後、被告乙山一郎、同乙山花子は、原告に対し、遺留分を侵害されたものとして、その減殺請求を行なうとともに、同じ親族の間として争いはさけ、円満な解決を望み、請求原因記載の処置をしたものである。

世の中では、法律上、遺産放棄の方法をとらず、民法九〇三条二項記載の書面に実印を押捺し、印鑑証明書を添付する方法で、遺産の分割を行なう例が多数あり、右処置は何ら違法ではない。

(三) 遺言執行者に対する報酬は遺贈と異なり、執行者の仕事の成功に対する反対給付であるところ、原告は執行を要する遺言事項がないため特にする仕事がなく、また遺言者にとり入り一般の慣習からみて不当に高額の一割の報酬を払う旨の遺言を書かせたものであり、また、被告は遺言者死亡後三ヶ月の間に、独自に執行に着手する機会はいくらでもあったのに、執行に着手しなかったのであるから報酬ないし損害金を支払う義務はない。

(四) 仮に原告の主張が認められるとしても、被告乙山両名が遺留分減殺請求の意思表示を行なったこと、訴外亡乙山大助の名義の土地上には建物が建っており更地ではないこと、現金預金約一八〇〇万円は全部訴外亡乙山大助の未分割の遺産であり、遺言者はその三分の一の権利しかないこと等よりすれば、合計遺産は金一三六〇万円程度に過ぎないから、報酬額もそれに応じて減額さるべきである。

(五) 原告は、被告乙山両名のために集金した一ヶ月分の賃料一四万円を右被告らに渡していない。そこで、右被告らは、昭和五八年一一月一一日の本件第七回口頭弁論期日において、原告に対し、右被告らが何らかの理由により金員を支払わなければならないとしたら、前記債権をもって右金員と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

三  請求原因に対する被告丙川、同丁村の認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、被告乙山一郎、同乙山花子が遺言者に孝養をつくさず虐待したため、遺言者が右被告両名に相続させまいとしたことは不知。その余は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実のうち、被告丙川、同丁村が昭和五七年四月三〇日各自遺贈を放棄したこと、右被告両名が包括遺贈の放棄の手続を行なっていないことは認め、その余は不知または否認する。

5  同5については争う。

6  同6については、不知または争う。

7(一)  訴外乙山はなの本件遺言の内容は、同人がその遺産の二分の一ずつを被告丙川、同丁村に対して包括遺贈するだけのものであり、それをもって本件遺言の内容は実現されている。従って、本件遺言は、執行を要する遺言事項を含んでいないため、原告を遺言執行者とした指定は無効あるいは無益のものであり、原告の報酬請求の主張は根拠がない。

(二) 被告丙川、同丁村は包括受遺者として遺留分権利者の被告乙山一郎、同乙山花子と協議した結果、被告丙川が金三〇〇万円を、被告丁村が金四〇〇万円をそれぞれ受領することで合意したものであって、被告丙川、同丁村には何ら違法な行為はなく、原告の損害金請求の主張は根拠がない。

四  被告らの主張に対する原告の反論

1  原告の本件遺言執行者としての職務は、遺産を被告丙川、同丁村に二分の一ずつ分割することであり、具体的には、不動産の登記手続や現金の分配行為等もあるであろう。

しかし、本件の場合、遺産の不動産には夫大助名義のままの物件もあり、原告の単独行為だけでは手続ができず、法的にも事実上も被告らの協力が必要であった。

そのために原告は、被告ら四名に本件遺言書を読ませ、財産目録を作成する等、執行手続の準備行為はすべて行なっていた。

しかるに、被告らは、原告の執行手続に協力しなかったばかりか、これを妨害したのである。

2  被告らのその余の主張はすべて争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  しかし、乙山はなの本件遺言のうち、遺言執行者の指定部分の効力について当事者間に争いがあるので、この点について判断する。

1  成立に争いのない甲第一号証(遺言公正証書謄本)には、

「一、遺言者(乙山はな)は、遺言者の亡夫乙山大助の遺産に対して有する相続分及び遺言者の所有する財産を左記両名に平等の割合で遺贈する。

受遺者 丙川二郎

受遺者 丁村三郎

一、遺言者は左の者を、遺言執行者に指定する。

遺言執行者  甲野太郎

同人に対する報酬は、遺言者に対する前記相続分及び財産の一割と定める。」

と記載されており、右記載以外には、遺言の実質的内容となる事項の記載はない。

2 右の文言によれば、本件遺言は、乙山はなの所有であった全財産を二分の一ずつの平等割合で、被告丙川、同丁村に遺贈するというものであり、これは、遺贈分の指定のみをした単純(純粋)な包括遺贈に外ならない。このような遺贈にあっては、受遺者は、遺言によって相続人と同一の地位を取得し(民法九九〇条)、かつその地位に就くことによって遺言の内容は実現されてしまうものである。すなわち、被告丙川と同丁村が、二分の一ずつの遺贈を受けることによって、乙山はなの遺産は右被告両名の共有に属することになり(八九八条、八九九条)、かつ、それをもって本件遺言はその内容を実現されたことになるものであって、それ以上は何らの執行手続も必要としない。

3 包括遺贈であっても、遺産中の積極財産を処分して負債を完済し、残余財産を一定の者に一定の割合で分配すべきことを内容とするような包括遺贈、または、包括受遺者間の遺産分割の方法(現物分割、債務負担による分割、換価分割のいずれかを一般的、抽象的に指定する場合と、例えば、土地を受遺者Aに、預金を受遺者Bにというように、分割の実行方法までも指定する場合とがある。)を指定した場合などには、遺言執行者は、原則として、遺産全部の管理・処分をなし、これを遺言の趣旨に従って、包括受遺者の間に分配する必要があるであろう。

しかしながら、前記のとおり、本件遺言中には、分割方法についての指示ないし指定をする趣旨の文言は存在しないから、遺言を執行する余地は全くないのである。

4 原告は、本件遺産を被告丙川、同丁村に二分の一ずつ分割し、具体的に分配することが本件遺言執行者としての職務である旨主張する。

遺言執行者の職務、権限の有無の認定は、遺言の解釈の問題に外ならないが、本件遺言の如く表現が簡潔明瞭な場合にはその表現(文言)に即して解釈されるべきである。また、右の解釈に当っては、受遺者が相続財産中のどの財産を取得するかは本来受遺者が(他に相続人がいれば右相続人と共に)分割の協議により決定すべき事柄であり、遺言執行者として指定された者が容喙ないし決定し得るところではないことも考慮されるべきである。

かかる見地に立てば、遺言執行者として指定された者の記載はあっても、その者に遺産の分割・分配を任せる趣旨の文言が皆無である本件遺言につき、その者が遺言執行者として遺産の分割・分配の職務、権限を有すると認めることは到底できない。よって、原告の前記主張は失当である。

5 従って、本件遺言のうち、原告を遺言執行者に指定する部分及びその報酬を定める部分は無効であると言わねばならない。

三  そうであるならば、被告らが原告に対し、遺言執行者の報酬ないし報酬相当額の損害賠償金の支払義務を負うべきいわれはない。

四  以上によれば、原告の被告らに対する本訴各請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川井重男)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例